「はぁ…」

悟空と捲廉と共に金蝉の元へ行き、一先ず怪我の事情を説明してから部屋に戻った。
恐らく金蝉は騙されてくれないであろう…。
顔に貼ってある絆創膏を引き剥がすと、丸めて床に放り投げ窓辺の椅子に腰掛けた。

「…さて、どうしましょうか…」

背凭れに体重を預け、天井を仰ぎ見たままゆっくりと目を閉じた。










突然、後方の窓が勢いよく開いたかと思うと小さな人影が窓辺に立っていた。

「天ちゃん!!」

「…!?」

思わずずれて落ちてしまいそうになった眼鏡を指で押さえる。
が肩で大きく息をしながら窓を乗り越え部屋に入ってきた…と思うと躊躇する事なく僕の頬に触れた。

「どうしたの!?天ちゃん、この顔のキズ!!」

大きな目を更に大きくし、は僕の顔を心配そうに覗き込んだ。
僕はにっこり笑ってから一歩身を離した。

「年甲斐も無く捲廉と…」

「天ちゃんはプロレスなんてしないよね?」

僕が言うより早くは引きつった笑顔で否定した。



彼女は一体何処まで知っているのか…。



何時までたっても何も言わない僕の態度には大きな溜息をつくと、床に落ちていた絆創膏を拾い上げ、側にあったゴミ箱(と思われるもの)に放り投げた。

「…救急箱あるでしょ?貸して…。」

僕の方に伸ばされた手に何も言わずに机の下の救急箱を手渡す。
は無言で蓋を開けると中身を掻き回し、やがて目当ての物を見つけるとそれを手に僕に近付いてきた。

「…許せない…天ちゃんの綺麗な顔に…こんな傷つけて…」

何かを堪える様に唇を噛み締め、僕の頬に新しい絆創膏を貼る。
その手が微かに震えている事に気付いた。

「…大丈夫です。僕よりの方が…痛そうですよ?」

僕が手を伸ばすとはその手を払いのけた。

「…私、怒ってるのよ!…どうして呼んでくれなかったの?」



の目が僕を捉えて離さない。
どうしてそう真っ直ぐ人の目を見られるのか…。



「…誰も巻き込むつもりは無かったんです。」

「…じゃぁ、どうして悟空は天ちゃんの所に行ったの?」

「捲廉が呼んだからですよ。」

これは真実である。
椅子に縛り付けておいた自分の上司が、副官の行動を制限すべくつけた見張りが悟空だっただけなのだ。

「何故かは捲廉に聞いてくださいね。」

これ以上は何も聞き出せないと思ったのか、は大きな溜息をつくと薬箱から消毒薬を取り出し僕の傷の手当てを始めた。

「…上手ですね。」

「いつも自分でやってたから…」

(いつも?)

その真意を聞こうと救急箱を置きに行ったに声をかけようとした時、不意にが振り向いた。

「天ちゃん!ここに座って♪」

は仮眠用に使っているソファーの上に積んであった大量の本を端に寄せ、何とか一人分座るスペースを作り出していた。
僕はの意図が分からないまま指示された場所に大人しく座った。
すると僕の足に寄り掛かる様にが座りこみ深呼吸をしている。

「??? ?」

「特別!天ちゃんの好きな歌は何?」

「は?」

「特別に歌ったげる。天ちゃん…いつもの元気が無いから。ねぇ、何がいい?」



下から自分を見上げる幼い少女。
そんな少女の可愛らしい思いやりに心が和んだ。



「それじゃぁ…」

「あっ!でも、悟空と一緒に歌ったアンパンマンは…許して…。」

その曲は下界で流れていた曲で、偶然本についていた楽譜を悟空が見つけちょうどその場にいたに歌ってくれるよう頼んだのだ。
初めの内はも興味深々で音をつづり悟空のアンコールに応え何度も歌っていたがのだが、困った事に悟空はその歌がいたく気に入ったらしく、その日以降もに会うたび歌をねだっていたらしい。

その日から暫らくの間、はアンパンにうなされていたらしい。
それを知っていただけにの意見は苦笑せざるを得なかった。

「それ以外ならなんでもいいよ。」

「それでは…」

僕がリクエストした曲はのお気に入りの曲だった。
よく僕の部屋に遊びにきては歌っていた曲で、いつのまにかその曲を聞くと気持ちが落ちつくようになっていた。
は両手で頭の上に大きな丸を作ってOKと言って小さく深呼吸をすると、いつもより押さえ気味の声で歌ってくれた。
いつもは力強く聞こえるその歌声が、今は僕の周囲のとがった空気を和らげるような…そんな優しい力を持つ歌声へと変化していた。
僕はそっと目を閉じるとの歌声に耳を傾けた。







これから自分がどうなるかなんて今は考えない。
今はただ、この歌に呑まれてしまいたい。
…ただ包まれてしまいたい。














私はなるべく小さな声で…天ちゃんに聞こえる程度の小さな声で歌った。
自分にはこれしか出来ないから…これくらいしか天ちゃん達の役には立てないから…。
やがて頭上から微かに天ちゃんの吐息を感じ始めたので、ゆっくり振り返ると天ちゃんが小さな寝息を立てていた。
私は歌いながら部屋の中の何処かにあるはずの毛布を探す。
やがて本に埋もれた毛布を見つけ、何とか引っ張り出すと天ちゃんの肩にそっとかけた。
ふと天ちゃんのかけている眼鏡にヒビが入ってるのに気付き、怪我をしたら危ないと思い気付かれないようそっと取り外した。

「…少しは教えてよ…」



自分のわからない所で何かが起き始めている。
そしてそれは大切な人達が関係している。
今はまだ教えてもらえない…自分は子供だから…。
それでも自分に出来る事をしたい。



眼鏡を手に持ったまま天ちゃんを見る。
金蝉とは違う…。でも、綺麗な人だなぁ、と思った。
眼鏡をかけていない天ちゃんはいつもより幼く見えて、思わず笑みがこぼれてしまった。
眼鏡を机の上に置いた時、僅かに物音を立ててしまい慌てて天ちゃんの方を振り向いたが、珍しく眠りが深いのか目を覚ます事は無かった。
ほっと胸を撫で下ろすと先ほど入ってきた窓を開けた。
頬に当たる夜風がやけに心地よい。
は天蓬の座っていた椅子を引き寄せ、それを足場にして窓を出る。

「さて、次は捲兄かな?全く困った男達ね♪」



は月明かりの中、次の人物がいるであろう部屋を目指した。





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えー外伝で李塔天が天ちゃんを殴ってくれた(怒)後のお話です。うぅ〜よくも天ちゃんを殴ったなぁ(怒)←公私混同
うちのサイト的には「華散想」の前ですね。
これも書いたの結構前なんですよね・・・古いのをUPする時の手直しってどうしてこんなに時間かかるんでしょう(苦笑)
しかもこの時自分が何を考えて書いていたのか良く覚えていない(おいおい)
ヒロインが悟空に歌ってあげていた歌は確か初めは・・・ドラ○もんだった気が・・・(笑)
天ちゃんの足の間にちょこんと座って歌う構図が頭にあって・・・何故か連続物になったのです。
さ、怪我をしたのは天ちゃんだけではありません。捲兄の所へ是非行ってあげて下さい!